三つの誓願

昔々、だれもいない教会に一人のシスターがいました。

 

誰もいない教会で彼女は一人、粛々と暮していました。

 

そんな彼女の前に一人の悪魔が現れました。

 

悪魔は彼女にこう言います。

 

「シスターよ、お前はひどく退屈だ。退屈すぎて、退屈すぎて俺はもうどうかしてしまいそうだ」

 

シスターは答えます

 

「悪魔さん、わたしはつまらない人間です。わたしのような人間になにを求めているのでしょうか?」

「あなたの望むようなことをわたしができるようには思えません」

 

悪魔は、そんな回答に眉を潜めて答えます

 

「そうだろう。お前のような人間がわたしの退屈をつぶせるとは思わない」

「だがしかし、俺も暇なのだ」

「暇で暇で仕方ないのだ」

「だから、お前で遊ぶしかないのだ」

 

悪魔はひまつぶしで、彼女にいたずらをすると断言しました。

 

「ただ、彼女は神様と、もう三つの約束をしているので、

あなたの望みを叶えることは、できないのです」

と答えました。

 

そんな彼女の態度に面白くないのか

 

悪魔は、こういいました。

 

「その約束を一つでも違えたら、おれのものになれ」

 

彼女はそれにコクリとうなずきました。

 

悪魔は、ニヤリと笑います。

そして悪魔とシスターの奇妙な生活がはじまりました。

 

 

彼女の約束は三つ

 

貞淑の約束ー。それは女性として清らかさを貫くこと。

 

清貧の約束ー。富を求めず、質素である事。

 

従順の約束ー。院長を通して、神のお望みを聞くこと。

 

 

まず悪魔は、清貧の約束を破らせるためこの世のありとあらゆる財宝を彼女の前に差し出します。

悪魔は、色々な地に飛び、彼女を唸らせるため、数々の財宝を手にします。

ただ彼女はその財宝を前にしても、ぴくりともしません。

悪魔は、手に入れた財宝が無駄になってしまったので、彼女にあげました。

彼女はその財宝を貧しい人に分け与えたのです。

 

次に悪魔は、従順の約束を破らせるために、上長にあたる人を操り、

 

上長に扮した悪魔が彼女に無理難題を科します。

ただその無理難題も彼女は苦しくも耐え切ってしまいます。神の思し召しなら、喜んで、と。

 

もういいと悪魔はあきらめました。

 

そこから、毎日毎日、思いつく限りのことをしますが、一向にシスターは約束を破ろうとしません。

 

痺れを切らした悪魔は、どうしたものかと頭を悩ませて、最後の貞淑の約束を破らせるため、彼女に見合うような男性を探します。

 

彼女に見合うような男はなかなか見つからず、苦労しましたが、ついに彼女に見合う男をみつけたのです。

 

品行方正で清廉潔白、そして心のやさしい彼を彼女に引き合わせました。

ただ悪魔はなぜかわかりませんが、その男が妙に気にくわなかったのです。

 

何でだろう、と考えても考えても…答えは出てきません。

 

ただ、悪魔が引き合わせた二人は、いい仲のようにみえます。

悪魔はそんな二人をみて、なんだか悲しくなりました。

けれどもそれは悪魔の勝手な妄想で、実際にシスターは全くなびいていません。

そんなときに、彼がシスターに襲いかかるではありませんか。

 

必死に抵抗するシスターを尻目に、これで貞淑の約束が破られるとわかっていますが

なぜか悪魔は面白くありません。

 

悪魔は、たまらず二人の前にとびだし、その彼をなんと...ちくわに変えてしまいました。

ヘニャヘニャのちくわになった彼を横目に、シスターがなぜわたしを助けたのですか?

 

「あのまま放っておけば、あなたの望みがかなったのに」

 

そういう彼女に

悪魔はポツリと呟きました。

 

「なんだか…面白くなかった…」

 

そんな悪魔をみて、彼女はなぜだか悪魔が可愛くみえたのです。

 

そこから、悪魔の嫌がらせも息を潜めて、

 

ただ祈りを捧げる彼女をつまらなそうに見つめる毎日がはじまりました。

 

ふと、悪魔がシスターに問いかけます。

 

「なぜお前は祈るんだ?」

 

彼女は答えました、

 

「わたしの祈りは、どこにも届かないって知ってます。ただ誰にも届かなくても、かみさまに届かなくても、この祈りが誰かの為になればいいなって…そう思うんです」

 

にっこりと道端にそっと添えられ、ささやかに咲くような彼女の笑顔が悪魔の心を撃ち抜いたのです。

 

悪魔は、気づいていけなかったのです。人に恋するなんて。

それも憎き、神に仕えるシスターになんて…

 

「ここにいては、だめだ、おれが悪魔でなくなってしまう」

 

そう思って彼はその教会を後にしました。

 

悪魔が去ってシスターはまた一人になりました。

 

悪魔がいた生活は短かかったのですが彼女にとっても、濃い期間だったでしょう。

 

そんなときに…一人の青年がやってきました。

 

なぜだかとても懐かしく、不思議な雰囲気を感じ、シスターはあることに気づきました。

 

そして照れくさそうに、青年が言います。

 

「悪魔…やめてきました。」

 

彼女は初めて大笑いをして、最後の約束を破りました。

 

おしまい。